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竹取物語

竹取物語の原型

さらに考えました

二つの竹取物語

 今昔物語集の巻第三十一の第三十三に「竹取翁女児を見付けて養ふ語」という話があります。内容は竹取物語とほぼ同じです。これと竹取物語との関係について考えてみましょう。

 わかりやすいように、今昔物語集のものを「今昔竹取」と呼ぶことにします。

 ふたつの物語の内容はたいへんに似たものなのですが、大きく異なる点があります。難題に関わる部分です。求婚者に対して出された難題の数は竹取物語では五つですが、今昔竹取では三つだけで、その内容も異なっています。

 書かれた時期は、竹取物語は9世紀末から10世紀初頭といわれており小-竹取物語-p86、今昔物語集は12世紀前半のようです小-今昔物語集-4-p583。これをみると、今昔物語集の作者が竹取物語を要約したのだと考えることもできそうですが、果たしてそれは正しいのでしょうか。

竹取物語は要約されたのか

 竹取物語が当時どのくらい知られていたのかはわかりません。もし、広く知られていたのであれば、今昔物語集の中にあえてその要約を載せる意味はありません。また、ほとんど知られていなかったのであれば、それをそのまま紹介するのが自然です。難題の内容を変える必要はありません。

 さらに、今昔竹取の最後はこういうまれにみる不思議な出来事であるから、こう語り伝えているということだ。小-今昔物語集-4-p575となっています。つまり、実際にあった出来事だとしているのです。しかし、竹取物語を読んだことのある人ならば、二つの内容が同じであることにすぐ気付くでしょう。昔の作り話を本当にあったことだといっているとしたら、他の記述の信用にも関わってくる問題です。

 つまり、今昔物語集の作者にとって、自身の著作の中に竹取物語の要約を載せる意味はまったくないのです。

 しかし、今昔竹取は存在しています。ということは、これは竹取物語の要約ではないということになります。

原型の発見

 このようには考えられないでしょうか。今昔物語集の作者は、どこかである物語を知りました。文章であったのか、口伝であったのかはわかりません。それは、自分の知っている「竹取物語」とほぼ同じ内容だった。そして何らかの証拠によって、それが竹取物語よりも以前のものであることを確信した。そこで作者は、これこそがあの有名な物語の元になった話だとして、今昔物語集の中に加えたのではないかと。

つながる二つの物語

 今昔竹取が竹取物語の作者が参考にしたものと同一であったかを確かめる術はありません。しかし、両者には強いつながりが感じられるのです。

 帝が強情なかぐや姫のことを、それが、おおぜいの人を殺してしまった強い心なのだね小-竹取物語-p58と言う場面があります。しかし、竹取物語の中で命を落とすのは石上麿足(いそのかみのまろたり)だけです。「おおぜいの人」とは言えません。しかし、今昔竹取にも命を落したり、あるいはついに帰ってこない者たちもあった小-今昔物語集-4-p573ことが記されています。今昔竹取の中で何人が命を落したのかは不明ですが、二つを合わせて考えれば不自然さは薄らぎます。かぐや姫から難題を与えられたのは、実は8人以上いたということになるのでしょう。

 また、今昔竹取に、竹取の翁が竹をとり、籠を作ってほしい人に与え、その代価で世を渡っていた小-今昔物語集-4-p572という記述があります。竹取物語ではその竹を種々の物を作るのに使っていた小-竹取物語-p17とあるだけで、今昔竹取のようには具体的に記されていません。

 竹取の翁が裕福になった場面でも、今昔竹取では、居所に宮殿・楼閣を造ってそれに住み、さまざまの財宝が倉に満ち満ちた。それとともに、使用人の数もふえた小-今昔物語集-4-p572~573と、かなり具体的です。

 さらに、かぐや姫が「自分は地上の人間ではない」と言うのを聞いた帝が自分の言ったことを断る口実だろう小-今昔物語集-4-p572~573(“自分の言ったこと”とは求婚のこと)という記述が今昔竹取だけにあります。帝がそう思うのは当然です。なぜ竹取物語にそのような記述がないのか、不思議にさえ感じられます。

二つで一つ

 こうして見ると、竹取物語にはいくつか穴があります。そしてその穴に、今昔竹取の記述がちょうどよくあてはまるのです。今昔竹取に載せられた物語は、竹取物語が書かれた時点で、すでに広く知られていたのかもしれません。そこで竹取物語の作者は、物語の本質に直接関わらないそれらを、あえて省略したのでしょう。

 竹取物語の作者の目的は、古い物語をふくらませ、それを写実的なものに書き改めることだったのではないでしょうか。その際、よく知られていた古い物語から完全に独立したものを作るのではなく、それぞれが補完し合うものを作り出そうとしたのかもしれません。