ワタツミの宮
ワタツミの宮はどこにあるのか。
海坂とは何なのか。
兄の釣り針を無くし悲観していたホオリは、シオツチの助けで海の神であるワタツミの宮にたどり着き、シオツチの言葉に従って木の上に座す。傍らの井戸に映ったその姿を見た召使いの女は、それをワタツミの娘のトヨタマビメに告げ、さらにそれを聞いたワタツミはホオリが天神の子孫であることを知る。やがてホオリとトヨタマビメは結ばれることとなる。古事記 上巻小-古事記-p127
画像について
ホオリが船から出て、ワタツミの宮のある島に向かって歩き出すところです。暑かったのでしょう、上半身の着物は脱いでいます。
儀式のために建物の壁には白い布がかけられています。古事記では建物が立ち並ぶ様子を「鱗」と表現していますが、生活のためではなく儀式のためだけであれば、魚のうろこほどの数多くの建物が必要とは思えません。日本書紀ではそのような表現はされていないので、建物に関しては日本書紀を参考にしています。
中央の木立の中に井戸があります。木に登っているホオリの姿が映ったということから、かなり大きなもので、縁まで水があったと考えました(図1)。
朝早くのため、あたりは静まりかえっています。
こんな風に考えました
ワタツミの宮はどこにある
海中ではない
日本書紀には、ワタツミの宮に行くために海中に沈められるという描写があります。しかし、宮が海中にあると考えるには不自然な点があります。海中に杜(かつら)の木があること、ワタツミの娘であるトヨタマビメが海中生活には不適当な人間の姿をしていること、海中であるにもかかわらず井戸から器を使って水を汲んでいることなどがあげられるでしょう。
古事記には、日本書紀にみられるこのような疑問はありません。解説小-古事記-p129にもあるとおり、ワタツミの宮が海底であるという徴証は、どこにも認められない
のです。なお、日本書紀でのワタツミの宮訪問については、「疑惑――ヒコホホデミの父」のページでさらに考えています。
- ホオリと兄のホデリは、日本書紀ではそれぞれヒコホホデミ・ホノスソリの名で語られる。ここではホオリとホデリに統一。
海坂の向こう
では、ワタツミの宮はどこにあるのでしょうか。古事記には海坂
小-古事記-p136の向こうにあるように書かれています。海坂とは何を指しているのでしょうか。
当時の人たちが地球の丸いことを知っていたかどうかはわかりませんが、水平線よりも先が見えないことは認識していたはずです。水平線の先にあるものは、まるで坂の下にあるかのように感じられたことでしょう(図2)。ワタツミの宮は水平線の向こうの坂の下にあるのです。その坂が海坂です。ホオリが帰る場所のことをワタツミが上つ国
(うわつくに)小-古事記-p132と言っているのは、坂の上の国という意味に違いありません。
黄泉国も坂の向こう
この考えは黄泉国の場所にも応用できそうです。水平線ではなく地平線、海坂ではなく黄泉比良坂、つまり、黄泉国は地平線の向こうにあるということです。
シオツチは未来を予見したのか
シオツチの言葉
このホオリのワタツミの宮訪問の話には、まだ不思議な点があります。ホオリをワタツミの宮に導いたシオツチの発言です。
私がこの船を押し流したら、暫くそのまま行きなさい。よい潮路があるでしょう。すぐにその潮路にのって行けば、鱗のようにずらりと家屋の並び立った宮殿がある。それが綿津見神の宮です。その神の宮の入り口に着くと、そばの井戸のほとりに神聖な桂の木があるでしょう。そうしたら、その木の上にいらっしゃれば、その海の神の娘が、あなたを見つけて相談に乗ってくれるでしょう小-古事記-p127
まるで未来を見ているかのような言葉です。しかし、シオツチが一度でもワタツミの宮に行ったことがあるとすればどうでしょうか。潮路や宮殿の様子や桂の木について知っていたとしても、まったく不思議ではなくなります。木の上にいるホオリを召使いの女が見つけるであろうということも、水汲みが習慣としてあったならば、たやすく予想ができます。
なぜ陸上に出ていたのか
問題となるのは、トヨタマビメ達がなぜ陸上にいたかということです。トヨタマビメの本来の姿は、後の出産の場面で明かされるように大きなワニです。その召使いの女も本来の姿は海の生き物と考えていいでしょう。
つまり、ホオリと出会った時、トヨタマビメ達は本来の姿ではない姿をしていたのです。陸上にいるのだから、それに適した人間の姿をしているのは当然ともいえますが、ではなぜ陸上に出る必要があったのでしょうか。
ワタツミの宮の儀式
その日、そこでは何らかの儀式が行われていたのではないでしょうか。それも天神に関わるものが。ワタツミ達は敬意を払って天神と同じ、つまり人間の姿をしていたというわけです。その儀式が定期的に行われるのを知っていたシオツチは、ちょうどその日に着くようにホオリを流したのです。儀式の内容が天神に関わるものであることを知っていたからこそ、桂の木に登るよう指示し、天下りを想像させたのです。