みやつこまろ
月に選ばれた男。
竹取の翁、名はみやつこまろ。彼は竹林の中で根元の光る竹を見つける。その中には三寸ほどの大きさの人がいた。後にかぐや姫と呼ばれる女性である。小-竹取物語-p17
画像について
竹取の翁、名をみやつこまろといいます。彼がかぐや姫のいる光る竹を見つけた瞬間です。翁というには少々若々しい雰囲気ですが、この時はおそらく四十代後半から五十代前半だと思われます。
彼の年齢は二か所に記述されています。しかし、かぐや姫に結婚を促す場面では七十歳をこえ
小-竹取物語-p22、かぐや姫が月に帰る場面の直前では五十ばかり
小-竹取物語-p67となっていて、明らかに矛盾しています。ただ七十歳とはみやつこまろ自らが言ったものであり、五十歳とは地の文に書かれているものなので、地の文を正しいとするべきでしょう。
みやつこまろが自分の年齢を七十歳だと言ったのは、結婚を渋るかぐや姫に、自分がいつ他界するかわからないということを強調するためでしょう。そう言った後には、「なに言ってるの、お父さん、まだ六十にもなってないじゃない」というかぐや姫の切り返しがあったに違いありません。なお、みやつこまろの年齢については、「竹取の翁の年齢は」のページでさらに考えています。
- 竹取の翁の名は、「さぬきのみやつこ」と「みやつこまろ」との二つの表記がある。ここでは「みやつこまろ」に統一。
こんな風に考えました
かぐや姫はなぜ竹の中にいたのか
竹の中では見つけられない
かぐや姫はなぜ竹の中にいたのでしょうか。正確に言えば、「かぐや姫はなぜ竹の中に入れられたのか」ということです。後に明らかとなるように、かぐや姫は月で罪を犯して地上に送られてきたので、自ら望んで竹の中に入ったのではありません。月側の人たちによって、竹の中に入れられたのです。
では月側の人たちは、なぜ竹の中という場所を選んだのでしょうか。
月の王の言葉づかいから、かぐや姫の月での身分はかなり高かったと考えられます。また、かぐや姫の受けた罰が永久的な追放でないことからも、その命は保証されなければなりません。つまり、姫の身を預ける者が地上側に必要だったというわけです。
だとすれば、必ずしも姫を竹の中に入れることはありません。預けるのが誰でもよければ、道端にでも置けばいいですし、特定の者に預けたいのであれば、その家の前に置けばいいということになります。人の目にふれそうにない竹の中よりは、誰かに引き取られる可能性は格段に上がります。
みやつこまろは気づいた
しかし、月の人たちは竹の中を選びました。ということは、多くの人の目にふれさせたくはなかったということになります。たとえ預けたいと思う家の前に置いたとしても、見つけるのがその家の者になるとは限りません。その点、竹の中ならば、おそらくみやつこまろ以外が見つけることはないでしょう。
翁は山野に分け入っていつも竹を取り
小-竹取物語-p17生計を立てていました。その山の所有者がみやつこまろであったのかはわかりません。しかし、同業者間の争いを防ぐためにも、個人個人に与えられた職域のようなものはあったでしょう。姫のいたのは、みやつこまろ以外は立ち入らず、そして、竹取を生業としているみやつこまろには確実に見つけられる場所であったのです。
月の人たちは、かぐや姫のいる竹を小さな照明で照らしていたのでしょう。万が一ほかの人に知られることがないように、それほど強い光ではなかったはずです。しかし、普段から竹を見慣れているみやつこまろは、そのわずかな異変に気がつきました。そして、姫を見つけたのです。
みやつこまろは偶然に姫を見つけたわけではありません。月側の周到な計画の中にすでに組み込まれていたのです。
小さくされたかぐや姫
みやつこまろに引き取られたかぐや姫は、三か月で三寸から人並みの背丈にまで急激に成長します。大人であったかぐや姫の体が小さくされていて、三か月でもとの大きさに戻ったと考えた方がいいでしょう。赤ん坊であったとは思えません。かぐや姫は月の世界で罪を犯したので地上に下ろされたことが後に判明します小-竹取物語-p72。それほどの罪を赤ん坊が犯すことはあり得ないでしょう。
月の人たちはかぐや姫を赤ん坊にする必要はありません。たとえそのような技術があったとしても、不測の事態に備える意味でも、姫が自ら判断できるように、大人のままである方がよりよいはずです。
しかし、通常の大人の姿のかぐや姫を、逃げ出せない状態のまま、一人で竹林に残していくことは危険です。小さくして竹の中に入れるという判断は、その意味でも、たいへんに適切であったといえるでしょう。
戦いの終わり
月とみやつこまろ
気になるのは、月側がみやつこまろを選んだ理由です。
かぐや姫を育て始めると、みやつこまろは黄金の入った竹を見つけるようになります。そして、それがたび重なるうちに、ついに大金持ちになります。おそらく、高貴な姫に相応しい暮らしができるよう、月側が仕込んだものなのでしょう。
つまり、かぐや姫を預かるということは、将来の富が約束されるということなのです。みやつこまろは、月側がそうしても良いと判断されたのです。なにより、高貴な姫を預ける以上、その者に絶対的な信頼がなければなりません。その信頼があったからこそ、みやつこまろに富を与えることもできたのです。
みやつこまろとは一体何者なのでしょうか。かぐや姫を迎えに来た月の王との会話の中に、わずかばかりの善行を
小-竹取物語-p71みやつこまろが成したことによって、姫が下されたという記述があります。その善行についてはいっさい書かれていません。また、この出来事の前に、みやつこまろと月との間に何かがあったとも書かれてはいません。もし、彼と月とが直接関係ないとすれば、善行をなしたのは彼に関わる別の誰かだと考えざるを得ません。
みやつこまろが知らず、しかも深い関わりのある人物。それはみやつこまろの先祖だとは考えられないでしょうか。みやつこまろと月との関わりは、彼には知り得ない、遙か昔にまでさかのぼることなのかもしれません。
かぐや姫の予言
かぐや姫の月への帰郷を阻止しようと、二千人もの兵が月の人々を待ち構えます。しかし、その中でかぐや姫は奇妙なことを言います。何をしても月の人々にはかなわないだろうと言うのです小-竹取物語-p69。そして、結果はその通りになりました。
単にかぐや姫の予想が的中しただけなのでしょうか。それとも未来を予見したのでしょうか。
月側と地上との戦いは奇妙なものです。月の人々を前に地上の兵は戦う気力をまったく無くしてしまったのです。二千人もの兵の精神に影響を与えることのできる強力な技術を月側が持っていたということになります。
かぐや姫の発言は、そのような技術が月側にあることをふまえてのものでしょう。しかし、人の精神を操作するような方法が月で確立していたとしても、それが地上の人間にも有効かどうかはわかりません。それにもかかわらず、彼女の言葉はたいへんに具体的です。何の迷いもなく、確信をもって、そう言っているのです。彼女は、その技術が地上でも使えることが分かっていたのです。つまり、過去にその技術が地上の人間に対して使われたことがあるということになります。おそらく、地上の人たちの誰も知らない遠い昔のことなのでしょう。しかし、月にはその記録が残っていて、それを知っていたかぐや姫は、月と地上とが戦ったらどうなるかをたやすく推測できたのです。
戦いを終わらすために
影響を与える対象が地上の人間であるからには、地上の人間を研究する必要があります。また、実験をする必要もあるでしょう。それに自らの体を差し出したのが、みやつこまろの先祖なのでしょう。
彼は月側にむりやり連れてこられたのではないはずです。月側が、大事な姫を預ける相手として、自分たちがむりやり実験台にした者の子孫を選ぶことはないでしょう。おそらく、戦いを終わらすために、地上を裏切ることになるとは知りつつも、みやつこまろの先祖は自ら身を捧げたのです。
月側は、彼のおかげで、地上に対する圧倒的な力を手に入れることができたのです。
かぐや姫、きと影になりぬ
上記の技術が使われたと思われる描写が他にもあります。
かぐや姫が昇天する直前に、天の羽衣を着せられるという場面です。「かぐや姫、昇天」のページでも考えたように、天の羽衣はかぐや姫の心を変えてしまいます。
それよりも前、帝が狩りを装ってかぐや姫のもとを訪れる場面小-竹取物語-p60でも、それを思わせる記述があります。帝が無理矢理にかぐや姫を連れていこうとすると、彼女は急に影のようになって姿を消してしまった
小-竹取物語-p61のです。しかし、このような特殊な能力を何の前触れもなく、この場だけで使うというのは不自然です。これは、かぐや姫が月で開発された技術を使ったと考えた方がよさそうです。
護身用でしょうか、かぐや姫は月の技術を発動できる装置を持っていたのでしょう。彼女は実際に影になったのではありません。その装置を使って帝の心を操作し、あたかも自分が影になったかのように見せたのです。