かぐや姫、昇天
かぐや姫の罪とは何か。
かぐや姫をめぐる三人の月の王。
手紙や着物などを残し、かぐや姫は翁たちに別れを告げる。天の羽衣を着せられた彼女は心が変わり、翁たちを思う気持ちも無くしてしまう。そして、月の世界の飛ぶ車に乗って、天に昇っていく。小-竹取物語-p75
画像について
昇天といっても、かぐや姫が自分自身の力で昇っていくわけではありません。月の世界から来た飛ぶ車に乗っていくのです。彼女の歩いていく先にそれが待っているはずです。まわりの雲は月の人々が作り出したものです。
天の羽衣は昇天とは関係がありません。それは、地上での記憶を失わせるために使われているのです。かぐや姫はもう翁たちとの別れを悲しんではいません。
こんな風に考えました
二つの可能性
月の王(図)は、かぐや姫は、天上で罪をなされたので
小-竹取物語-p72地上に下されたのだと、竹取の翁に告げます。かぐや姫の罪とは何でしょうか。
それについての記述は一切ありませんが、ここでは、自分なりの考えを示してみたいと思います。
(1)月の王の求婚を拒んだために、無実の罪を着せられた
(2)おおぜいの人を殺してしまった
この二つです。
(1)については、以下に述べます。(2)については、「かぐや姫の罪とは何か その二。作者の残した手がかり。」に記しています。
かぐや姫は重罪人
この物語はかぐや姫への求婚譚が中心になっています。求婚してきた者をかぐや姫がはねのけるという形式です。月の世界でもそれと同様のことが起こったのかもしれません。月の王の求婚を、かぐや姫が拒んだのです。
求婚してきた相手が月の王だというのは、かぐや姫に与えられた大変に重い罰でわかります。別の星に送られるほどの罰です。求婚を拒んだだけにしては、あまりにも重すぎます。そのような不当に重い罰を与えることのできる人物として考えられるのは、月の王ではないでしょうか。月の王はふられた腹いせに彼女を地上に追いやったのです。かぐや姫は無実の罪を着せられたというわけです。
最高権力者からの求愛というと、物語の中では帝の求婚譚がそれにあたります。かぐや姫に迫り、拒まれるという点では同じです。しかし、月の王と帝との間には決定的な違いがあります。月の王が彼女への愛情を無くし、二度と会えないほど遠くに追いやったのに対し、帝は、二度と会えなくなった後でも、変わらぬ愛情を持ち続けたのです。帝は、始めこそ少々強引な印象を与えるものの、最終的にはたいへんに好ましい人物として描かれています。
月の王と帝との違いは、大伴御行(おおとものみゆき)と石上麿足(いそのかみのまろたり)との違いを思わせます。大伴御行は難題を解決できず、つまり、かぐや姫を手に入れることができずに、かぐや姫という大悪党めが
小-竹取物語-p49という発言をします。もし、大伴御行が最高権力者であれば、かぐや姫になんらかの罰を与えてしまったかもしれません。それとは対照的に、石上麿足は死ぬまでかぐや姫への愛情を捨てませんでした。作者は、大伴御行と石上麿足との違いを描くことで、かぐや姫は無実の罪を着せられたのだということの手がかりを残したのかもしれません。
月の王の求婚を拒んだことを裏付けるような発言をかぐや姫はしています。帝からの使者が竹取の翁の家を訪れ、彼女に姿を見せるように命じる場面です。
私が国王のご命令にそむいたのであれば、はやく、殺してください
小-竹取物語-p58と、かぐや姫は言います。使者の訪問は帝からの求愛という意味もありそうですが、それに逆らったからといって、自分を殺せというのは極端すぎる考えです。
しかし、かぐや姫が月ですでに同じような経験をしていたならどうでしょうか。月の王を拒んだ結果として地上に落とされたのであれば、地上でもそれと同程度の罰が与えられると考えても不自然ではありません。地上には他の星に罪人を送る技術はありませんから、それに匹敵するものとして死刑を考えたのは無理のないことでしょう。月での経験が彼女に「自分を殺せ」という発言をさせたのです。
かぐや姫と三人の月の王
迎えに来た月の王
かぐや姫は月の王に無実の罪を着せられました。しかし、彼女を迎えに来たのは、ほかならない月の王です。求婚を拒まれて、怒りのあまり他の星に送った相手を、臆面もなく迎えに来たということでしょうか。しかも百人の天人を連れてです。
「みやつこまろ」のページで考えたように、かぐや姫はその身の安全や地上での生活を、月側からかなり配慮されているようです。無実の罪を着せて追いやった人物がそのようなことをするとは思えません。
罪を着せた王と迎えにきた王とは、おそらく別人です。迎えにきたのは新たな月の王というわけです。彼の、罪の限りはてぬれば
小-竹取物語-p72という言葉は、かぐや姫に無実の罪を着せた王の退位を意味しているのでしょう。
かぐや姫は、わずかな間
小-竹取物語-p66のこととして地上に下ろされたのだと、翁に語っています。月の王の言葉にも同様なものがあります小-竹取物語-p72。つまり、かぐや姫と月の王との間でそれが共通の認識になっていたということです。罪を着せた王が、これから罰を与えようとするかぐや姫に、それが「わずかな間」だなどと言うでしょうか。自分を受け入れることより重罪人として地上に送られる方を選んだ姫を、「わずかな間」を経たのちに迎えに行こうなどと罰を与える前から考えるでしょうか。とてもそうは思えません。やはり、罪を着せた王と迎えにきた王とは別人とした方がいいでしょう。
帰りたくないかぐや姫、月を見て泣く
帝と文を交わすようになって三年ほどしたのち、かぐや姫は月から迎えの来ることを知ります。おそらく、月と地上との間で使者が行き来していたのでしょう。帰郷を延期してくれるよう月に願い出たという彼女の発言からもそれがうかがえます小-竹取物語-p70。
しかし、それを知った彼女は悲しみます。たいへんな悲しみようです。竹取の翁たちと別れたくないのも大きな理由のひとつでしょう。故郷へ帰るといっても、うれしい気持もいたしません。悲しい思いでいっぱいです
小-竹取物語-p67と彼女は言います。愛情に満ちた楽しい生活だったはずです。あの月の国の父母のこともおぼえておりません
小-竹取物語-p66と言っているのをみると、彼女の両親は月にはいるものの、一緒に暮らしてはいなかったということになりそうです。幼い頃から別々にされていたということも考えられます。そんな彼女にとって、翁たちは両親に等しい存在であったことでしょう。
しかし、かぐや姫の悲しみ方は異様です。月を見て泣いているのです小-竹取物語-p63。別れを惜しむ翁たちを見てではなく、これから帰る故郷である月を見て泣くのです。家の人々に止められても、人目を避けて月を見て泣くのです。翁たちとの別れの他に、彼女を泣かせるもっと重大な事がひそんでいるような気がしてきます。
故郷へ帰るといっても、うれしい気持もいたしません
という言葉が、重要な意味を持ってきそうです。本当は嬉しいのに、翁たちに気をつかって言った、そんな言葉ではないのかもしれません。
もし帰りたくない理由があるとすれば、自分に罪を着せた王のもとに戻ることでしょう。しかし、その王はもう退位しています。となると、新しい王も、彼女に帰る気を起こさせなかったということになります。新しい王とは、どのような人物なのでしょうか。
冷酷な王
新しい月の王は冷酷です。天の羽衣の存在がそれをよく表しています。
天の羽衣は、着た人は、心が常の人間のそれと変ってしまう
小-竹取物語-p74というものです。「みやつこまろ」のページで考えたように、二千人もの兵から戦う気力を失わせるような技術が月側にはあるようです。天の羽衣もその技術を用いて作られた物なのでしょう。かぐや姫はそれを着せられて、翁たちを思う気持ちを無くしてしまうのです。
月の王は、かぐや姫から、地上での生活の思い出を全て奪ってしまったのです。翁たちにとっても、愛する者の中から自分たちが消えてしまうことに、たいへんな悲しみをおぼえたはずです。どんな思惑があったのかはわかりません。しかし、かぐや姫たちにとって、それはたいへんに残酷なことです。
他にもあります。かぐや姫は、自分が地上にやって来た理由を、翁たちには伏せています。無実とはいえ、罰を受けて来たということを知れば、翁たちが悲しむのではないかと考えたのでしょう。しかし迎えに来た月の王は、それをあっさりと翁に告げてしまいます小-竹取物語-p72。かぐや姫たちの気持ちなど、少しも考えてはいないのです。
かぐや姫は、新たに王になったこの人物の人となりを知っていたのでしょう。彼が迎えに来たのは、彼女を妻にするためだったのかもしれません。かぐや姫が嘆き悲しむのも当然です。
かぐや姫、帰郷を望む
かぐや姫は月に帰ることを望んでいました。五人の求婚者や帝と結婚しなかったのも、やがては月に帰るつもりでいたからに違いありません。
帝とのやりとりの場面に、お互いに御心を慰め
小-竹取物語-p63という記述があります。かぐや姫と会えない帝が彼女と手紙を交わすことで心を慰めるのは理解できます。しかし、かぐや姫には帝と会えないことを嘆く理由がありません。「わずかな間」のはずだった地上での暮らしが予想以上に長引いてしまい、帰郷できないつらさを、帝との愛情のあるやりとりで紛らわしていた、と考えればいいかもしれません。
この時点までは、月に帰りたい気持ちがかぐや姫にあったのは確かです。つまり、地上に来てから、迎えが来るという知らせを聞くまでの間は、彼女は帰郷を望んでいたということです。
通常であれば、他の星に送られるような重罪人がわずかの期間で帰ることは無理でしょう。かぐや姫が帰郷の望みを持っていた理由は、「わずかな間」という言葉を信じていたからです。それを言ったのは、前述したように、罪を着せた王ではありません。また、新しい月の王でもありません。もし、新しい月の王がそう言ったとしても、そのもとに行くことを泣くほど嫌がっていたかぐや姫が、その言葉を心の支えにすることはないはずですから。
かぐや姫に「わずかな間」と言った人物は、彼女がそのもとに帰りたいと思っている者ということになります。その人物は、かぐや姫が地上に下ろされるのが決まった時から、彼女のために手を尽くしていたのでしょう。「みやつこまろ」のページで考えた「月側の周到な計画」は、その人物の行ったことに違いありません。かぐや姫とその人物とは互いに好意を持っていたのかもしれません。だからこそ、彼女は彼の言葉を信じて、迎えに来るのを待っていたのです。その彼とは、どのような人物なのでしょうか。
遅れた即位
その彼は、かぐや姫が地上にいる期間を、なぜ「わずかな間」と言うことができたのでしょうか。王の与えた罰を勝手に無効にすることはできないはずです。しかし、その罰を与えた王がいなくなることが分かっていたら状況は変わってきます。もちろん、王が退くだけでは十分ではありません。確実なのは、自分が新たな王となって、彼女の罰を自ら無効にすることです。つまりその彼は、罪を与えた王の後、そして、迎えに来た王の前に即位した王だと考えられます。
彼は、罪を与えた王が間もなく退くことを知っていたのでしょう。もしかしたら、何らかの方法で退位をさせるつもりだったのかもしれません。いずれにしても、自分が王になることがわかっていたはずです。だからこそ、かぐや姫に「わずかな間」、つまり「すぐに迎えに行く」と言うことができたのです。しかし、即位するのに思ったよりも時間がかかってしまった。それがかぐや姫の、多くの年を経てしまった
小-竹取物語-p66という言葉になったのです。
しかし、彼は結局迎えには来ませんでした。代わりに来たのが、その彼の身近にいた人物、つまり迎えに来た王ということになります。身近にいたからこそ、迎えに来るはずだった彼がかぐや姫に「わずかな間」と言った事や、彼女を助けるために手を尽くしたことを知ることができたのです。翁との会話の中でそれらが語られているのはそのためでしょう。その人物は、かぐや姫にとてつもない悲しみを与える方法で新しい王の座についたのです。彼女が月を見て泣いていた本当の理由はそれだったのです。
ふだんでも月をしみじみとご覧になっていらっしゃいます
小-竹取物語-p64と、姫のそばに使われている人々が言っているように、彼女は常に愛する人の面影を月に見ていたのです。遠く離れた地上にいる彼女にとって、彼を思い起こさせるものは月しかなかったのでしょう。信じられないような知らせが届いたあとも、月を見ずにはいられなかったのです。月を見て泣くことしかできなかったのです。
月の住人は不老不死か
王の代替わりがどのように行われていたのかはわかりません。穏やかでない方法以外で王が替わることがあるのでしょうか。なにしろ月の住人は年をとらない
小-竹取物語-p70のですから。
と、ここまでだと月の住人が不老不死のような気もしてきますが、後に不死の薬
小-竹取物語-p74というものが出てきます。不死の薬があるということは、月の住人がもともとは不死ではないということです。ある程度までは、薬を飲んで不老不死でいても、どこかで薬をやめて死んでいくのでしょう。かぐや姫は、老いも死も知っています。つまり、それを目にしているということです。
かぐや姫と三人の王
かぐや姫と三人の王についてまとめてみます。もちろん、これは完全な想像です。
王1は、かぐや姫を手に入れようと迫りますが、彼女はそれを拒否します。怒った彼は、彼女に無実の罪を着せて地上に送ります。
次の王となる予定の男(王2)は、自分が王になったら迎えに行くとかぐや姫に約束します。「物語前夜」のページに登場したのはこの人物です。二人は互いに好意を持っていたのでしょう、かぐや姫はその言葉を心の支えに地上で暮らし始めます。すぐに帰るつもりなのですから、誰に求婚されようとも、地上で結婚することはありません。
王の代替わりには思った以上に時間がかかりました。ようやく、月からの迎えが来るという知らせがかぐや姫のもとに届けられます。待ちに待った知らせです。しかし、迎えに来るのは王2ではありません。王1でも王2でもない人物(王3)です。何か良くないことが起きたのでしょう。なかなか迎えが来なかったのも、予想外の王3の即位が関係していたのかもしれません。
かぐや姫は泣きます。彼女が望んでいたのは、王2のもとに帰ることだったのです。
悲劇的な結末
こうしてみると、この物語の結末は、かなり悲劇的です。月に戻った後のかぐや姫の暮らしも、あまり幸福なものではないように思えてきます。
物語の最後、かぐや姫の残していった不死の薬を、駿河の国にある山の上で燃やすよう帝が命じる場面があります小-竹取物語-p77。そして、その命を受けてたくさんの士(つわもの)が登ったことから、そこを「富士の山」と名付けたと語られます。
これは、かぐや姫に求婚した者たちの出来事のあとに語られる語源の説明と同じ形式です。それらはみな喜劇的な雰囲気の中で語られます。作者は、なぜこの悲劇的な結末のあとにそれを持ってきたのでしょうか。
竹取物語は、語源の説明の部分に注目すれば、七つに分けることができます。様々な人物がかぐや姫との結婚を求めるという小さな物語の集まりなのです。最後の場面に富士山の語源が語られるということは、帝の登場からそこまでが、かぐや姫の昇天という劇的な内容を含みながらも、他と同様に扱われているということです。作者は、全てを同じ形式でまとめたかったのでしょう。
それぞれの物語の最後に語源の説明を入れたのは、読者を物語の世界から現実の世界に引き戻すためかもしれません。世にも不思議なこの物語は、煙の立ちのぼる富士山の姿を描いて幕を下ろします。ふっと現実の世界に引き戻された読者は、静かな風景を前に、遠くに去っていった悲劇的な物語の余韻を味わうことになるのです。