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竹取物語

不死の薬を手渡すかぐや姫。

不死の薬とかぐや姫

かぐや姫の罪とは何か その二。
作者の残した手がかり。

 

画像について

 不死の薬を手渡すかぐや姫です。ですが、物語の記述とは一致していません。少々過剰な演出です。ご了承ください。

こんな風に考えました

作者の残した手がかり

 「かぐや姫、昇天」のページで、かぐや姫の罪について考えました。ここでは、それとは別の考えを示してみたいと思います。

 かぐや姫の罪について、もし物語の作者が本文中に手がかりを残していたとしたら、それはおおぜいの人を殺してしまった小-竹取物語-p58という言葉かもしれません。

帝は知っていた

 「かぐや姫は○○という罪を犯した」というような直接的な表現はありません。

 しかし、この物語の作者は、それをきちんと設定していたに違いありません。それが、かぐや姫が地上にやってきた最大の理由だからです。にも関わらず、作者はそれを物語中で明確にはしませんでした。作者は、読者がかぐや姫の罪について疑問を持つことは予想できたはずですし、もしかしたら、身近な人から直接たずねられることも考えたかもしれません。なにより、それがかぐや姫の存在という物語の根本に関わるものである以上、それを書かなかったということはあり得ないように思えるのです。作者は、かぐや姫の罪についてたずねられた時、「ほら、ここに書いてあるよ」と指さすことのできる表現を本文中に残しているに違いありません。

 それが、先に述べたおおぜいの人を殺してしまったというものです。ただ、これは帝の言った言葉です。もし、これが本当にかぐや姫の罪を表わしているのであれば、彼女が月から来たことを、帝はかなり早い時期から知っていたことになります。

 この言葉は、五人の求婚者の一連の出来事の後、かぐや姫の噂を聞いた帝が、竹取の翁の家に使者を遣わした後のものです。物語中でかぐや姫と月との関わりが出てくるよりも前の事です。

 帝は使者を竹取の翁の家に行かせ、かぐや姫の姿を見てくるよう命じます。しかし、かぐや姫の強い拒絶によって、それは果たせませんでした。使者は手ぶらで帰るわけにはいきません。かぐや姫の身近にいる人たちに彼女の事を尋ねたはずです。使者はそこで、かぐや姫が月で罪を犯して地上に落とされたのだということを聞いたのでしょう。

 もしそうならば、次に問題となるのは、使者にその事を教えた人物が、なぜかぐや姫の素性を知っていたのか、ということです。それについては、月の人たちの「不老不死」について考えなければなりません。

不死の薬

 かぐや姫の昇天の場面で、不死の薬小-竹取物語-p74というものが出てきます。不死の薬があるということは、月の人たちがもともとは不死ではないということです。月の人たちはそれを服用することによって命を保っているのです。かぐや姫も例外ではないはずです。

 ただ、かぐや姫に薬を与える場面が後に出てくるところをみると、地上にいる彼女はそれを持っていないと月側では認識していた、ということになります。

 おそらく、地上に落とされる人間には不死の薬が与えられないのでしょう。そしてそれは、やがて死が訪れる、ということを意味します。月側の人間にとっては、緩慢な死罪ともいえます。かぐや姫はそれほどの罪を犯したということになるのです。

 しかし、本当にかぐや姫は不死の薬を飲めなかったのでしょうか。

 かぐや姫は何度か「死」にかかわる言葉を口にしています。使者が来た時は私が国王のご命令にそむいたのであれば、はやく、殺してください小-竹取物語-p58と言い、竹取の翁から宮仕えを勧められた時には宮仕えをおさせになるのなら、(中略)あとはただ死ぬだけです小-竹取物語-p59と言います。さらに、私に宮仕えをさせなさって、死なないでいるかどうか、ご覧なさい小-竹取物語-p59とも言っています。

 それらが発言されたのは、帝の登場によって「宮仕え」が意識されはじめた時からです。特に、「死なないでいるかどうか、ご覧なさい」という発言は、自ら死を選ぶというよりは、宮仕えをしたら死んでしまう、というように聞こえます。裏返せば、宮仕えをしなければ「死なない状態」でいられるということになります。「死なない状態」とは、つまり不死の薬を服用している状態ということになるでしょう。

 宮中に入ると外部の人間との接触が難しくなるのかもしれません。不死の薬を受け取れなくなってしまうのです。では、その薬をかぐや姫に与えたのは誰か。おそらく、彼女の身近に月側の人間がいたのでしょう。

 かぐや姫は、月から迎えが来ることを知り、もっと地上にいたいと月に願い出ます。しかし、それは許されませんでした。月→地上→月→地上というやりとりがなされているのです。そのためには、月側の人間が地上にいなければなりません。かぐや姫はその人物から不死の薬を密かにもらっていたのです。そして、その人物が、帝からの使者にかぐや姫の素性を教え、それが帝にまで伝わったのです。

 帝はその後、狩りを装って竹取の翁の家に行きます。そして、かぐや姫を連れて行こうとした時、彼女は影になってしまいます。帝は、げにただ人にはあらざりけり小-竹取物語-p61と考えます。帝は、かぐや姫が山で見つけられたことを翁から聞いています。竹の中にいたことも聞いたかもしれません。しかし、「竹」と「影になる」ことは結びつきません。しかし、月は毎日姿を変えます。新月の時は「影になる」のです。かぐや姫が月から来たことを知っていたからこそ、帝は「げに(なるほど)」と思ったのです。

 また、月から迎えが来ることを翁から聞いた帝は、すぐに二千人の兵を出します。月から人がやって来るとは信じがたい話ですが、かぐや姫の素性を知っていたからこそ、帝はそれだけの数の兵を出したのでしょう。「物語前夜」のページで考えたように、物語の舞台は天武朝と思われます。その時代は天文の異変がいくつも記されているので、そのようなことも受け入れやすかったのかもしれません。

かぐや姫は無実か

 「おおぜいの人を殺してしまった」のですから、かぐや姫は大量殺人犯であるということになります。月側にとって地上は穢れた所小-竹取物語-p72なので、月の人間が来る理由は、極刑に近い罰でなければならなかった、と作者は考えたのでしょう。かぐや姫を地上に住まわせるためには、どうしても重罪人である必要があったのです。

 ただ、このように楽しくて美しい物語の主人公を、そのような罪人にすることを作者は納得していたのでしょうか。「地上にいる月の人間は罪人である」という設定は、理由はわかりませんが、作者はどうしても動かせなかったようです。しかし、かぐや姫を罪人にしない工夫もしているようです。

 かぐや姫の罪を知った帝は、いったん彼女を手に入れるのを諦めます。大量殺人犯を妻にすることはできなかったのでしょう。しかしその後、この女の計略に負けられようか小-竹取物語-p58と言って、再び動き始めます。つまり、「大量殺人犯」というのは、結婚を諦めさせるためのかぐや姫の計略だ、と考えたのです。帝は、五人の求婚者の事も知っていたはずですから、そう考えたのは自然なことですし、かぐや姫を妻にするためには、どうしても無実でいてほしかったのでしょう。

 五人の求婚者への難題は、どれもが命に関わるものだといえます。この日本にあるものでもない小-竹取物語-p24とあるので、それらを手に入れるためには海外にまで行く必要がありそうです。おそらく、命がけの旅になるでしょう。実際に命を落としたのは石上麿足(いそのかみのまろたり)だけですが、もし本当に難題を解決しようとしたならば、誰もが命を落とす可能性があったのです。

 このことは、月でのかぐや姫の「殺人」を考える手がかりとなります。もし、地上と同じようなことが月でもあったとすれば、多数の死者が出ても不思議ではありません。地上での五人の求婚者は、石上麿足以外は不誠実であったがゆえに、命が助かったともいえます。

 そう考えると、かぐや姫は直接手をくだして人を殺したのではない、ということになりそうです。ただ、被害者の身内からすれば、かぐや姫に殺されたという意識は強いことでしょう。

かぐや姫の家族

 かぐや姫は、無実であるにもかかわらず、被害者の身内の感情だけで極刑に等しい罰を受けた、ということになります。普通ならば、考えられないことです。ただ、かぐや姫は普通の人物ではありません。

 かぐや姫を迎えに来た月の王は、かぐや姫は、天上で罪をなされたので小-竹取物語-p72と、彼女に敬語を使っています。つまり、かぐや姫は月の王よりも高い地位にあるのです。高い地位にあったからこそ、多くの人の死に関わっているということが、普通の人以上に問題にされたのでしょう。では、かぐや姫はどれほどの地位にいたのでしょうか。

 わずかな間小-竹取物語-p66という言葉が手がかりになりそうです。かぐや姫は、わずかな間だと思って地上に来ました。ただ、大量殺人犯に課された罰がわずかな間で終わってしまうというのは不自然です。かぐや姫は、多くの年を経てしまった小-竹取物語-p66とも言っています。「竹取の翁の年齢は」のページで考えたように、物語の最初からかぐや姫の昇天までで最低でも約七年が経過しています。かぐや姫にとって、それはわずかな間ではなく、予想外に長い年月であったということです。

 かぐや姫は、地上にいるのがわずかな間だと、なぜ思っていたのでしょうか。後に登場する月の王も、同じわずかな間小-竹取物語-p72という言葉を使っています。二人は、かぐや姫が地上にいる期間を共に「わずかな間」と認識していたのです。

 地上に落とされるのは死罪にも等しい罰です。二度と月には戻れないと考えてもいいでしょう。しかし、それは覆ったのです。もし、その罰を取り消すことのできる人物がいるとしたら、その世界における最高権力者ということになります。つまり、月の王です。

 かぐや姫は、月の王に極めて近い存在だったに違いありません。多くの男性から求婚される若い女性、ということから考えると、月の王の娘としてもいいかもしれません。月の王の娘であったからこそ、多くの人々の死の原因になったことが大きな問題となって罰を受け、そして「わずかな間」で許されることになったのです。被害者の感情と娘の心身とに配慮した、最適な判断だったのでしょう。それは、かぐや姫を含めた月の王家での共通の認識になっていたのです。

 かぐや姫は、翁にあの月の国の父母のこともおぼえておりません小-竹取物語-p66と言います。地上にいる期間が長引いた理由はわかりませんが、なかなか迎えにこない両親に対して憤慨している、といったところでしょうか。

 迎えに来た月の王は、前述のとおり、かぐや姫に敬語を使っています。ということは、彼女の父親ではありません。代替わりをした次の王ということになるでしょう。もし、王位継承において血縁が重視されるのであれば、先代の王の息子ということになります。つまり、かぐや姫は迎えに来た月の王の姉なのです。天人との会話によそよそしさを感じないのも、旧知の仲であることを思わせます。

 月側は、「早くしろ」、「遅い」などと言い、すぐにでも地上を離れたがっているようです。月側から見れば、地上は「穢れた所」なのでしかたがありません。ただ、「父に命じられて、いやいや地上に降りてきた息子」の姿が描かれている、と読むこともできそうです。翁に対してぞんざいに話しかけるのも、新たな月の王の若さが感じられます。翁を「幼き人」と呼ぶのも、若い自分が見下されないようにするためでしょう。もっとも、実際に年齢は翁よりも上なのかもしれませんが。

緻密な物語

 こうしてみると、今さらながら、この物語がたいへん緻密に組立てられていることがわかります。

 帝が使者を遣わす場面は、もし無かったとしても物語の筋立にはまったく影響ありません。帝は使者に様子など見させずに、すぐに翁を呼び寄せてしまってもいいのです。しかしその部分は、「おおぜいの人を殺してしまった」と帝に言わせるためにどうしても必要だったのです。

 読者は「おおぜいの人」という言葉に疑問を感じつつも、その直前での石上麿足の死によって、それについて深く追求することはしません。しかし、のちに発せられる月の王の言葉によって、かぐや姫の罪が大量殺人であることを知るのです。ただ、五人の求婚者が自ら破滅していく過程が描かれていることで、かぐや姫は潔白なのではないか、という確信めいた思いに達するのです。

 どの場面も、どの言葉も、ひとつの無駄もないのです。