ニギハヤヒ
神武天皇とニギハヤヒ。
支配者となる者。
ニニギが降臨してから179万2470年余りのち、神武天皇は、天下を治めるため東へ向かうことを決意する。それよりも前、ニギハヤヒは天磐船(あまのいわふね)に乗ってヤマトの国に降り立っていた。日本書紀 巻第三 神武天皇(即位前紀)小-日本書紀-1-p193
画像について
場所は天磐船の格納庫。赤い服を着ているのがニギハヤヒです。
誰にも気付かれずに天降りしようとしているのでしょう。外から聞こえた物音に思わず動きを止め、そちらに目をやっています。
足下の袋の中には、天羽羽矢(あまのははや)と矢を入れる道具である歩靫(かちゆき)が入っています。ニギハヤヒは天神の子であり、それらはそれを証明する物なのです。
やがてニギハヤヒは目の前の天磐船に乗り込み、うしろにいる力自慢の神に押し出されて、ヤマトの国に落ちていくのです。
こんな風に考えました
ニギハヤヒの決断
ニギハヤヒの血統
天神の子であるという以外、ニギハヤヒについて詳しいことはわかりません。なぜ地上にやってきたのか、それも書かれていないのです。ただ、シオツチの存在がそれを知る手がかりとなるかもしれません。シオツチは、ニギハヤヒの天降りを神武天皇に告げた神です。
「疑惑――ヒコホホデミの父」のページで考えたように、シオツチは、天神の子孫を導く役割を担った神です。ヒコホホデミに関わる一連の出来事において、地上の支配者にふさわしいかどうかを審査したと思われるような行動もしています。
国を治めたいという神武天皇の考えを聞いたシオツチは、ヤマトの国を勧めます。そこにはニギハヤヒがいます。当然、そこで戦いの起こることをシオツチは予想できたはずです。むしろ、それが狙いだったのかもしれません。
ヒコホホデミもその兄のホノスソリも共にニニギの子です。どちらも地上の支配者の資格があったはずです。しかしシオツチは、より能力の高いヒコホホデミを選びました。
今回の場合も、どちらが地上の支配者にふさわしいかを確かめるためであったとすれば、神武天皇もニギハヤヒも、共に支配者の資格があったと考えていいでしょう。神武天皇はアマテラスの子孫ですが、ニギハヤヒもそれに匹敵する血筋であったのかもしれません。
危険な天降り
それほどの血筋の神が地上に降りてきた理由は何でしょうか。
「天磐船」のページで考えたように、その頃の天降りは一方通行で、再び天に戻ることはできません。何か重大な罪を犯して追放されたと考えることもできそうですが、天神の子の証明となる天羽羽矢と歩靫を持っていたのをみると、それはあり得ないでしょう。自らの意思で降りてきたとした方がよさそうです。
しかし、その天降りは片道のたいへんに危険なものです。よほどの覚悟がなければできることではありません。おそらく上記の品々を持ってきたのは、自分の血筋を証明することによって、少しでも身を守れるようにという思いがあったに違いありません。
ニギハヤヒにとってそこまでする価値のあるものとは何だったのでしょうか。地上の支配者になるため、というのは十分に考えられることです。だからこそシオツチは、神武天皇と対決するように仕向けたのでしょう。
神武天皇は知っていた
シオツチは、天磐船に乗って飛び降った者がおります
小-日本書紀-1-p195と、神武天皇に告げます。たったそれだけの情報で、神武天皇はそれが「おそらくニギハヤヒであろう」と言うのです。その存在をすでに知っていたということになります。
なぜ知っていたのでしょうか。高天原(たかまのはら)の情報が伝えられていたのでしょうか。ニギハヤヒが地上に降りてくることを、神武天皇はあらかじめ知っていたのでしょうか。
それは考えられません。もし、ニギハヤヒの計画が地上にまで知られるほどであったならば、それは高天原でも知られていたはずです。自分の子孫と争うことになるかもしれない神の天降りを、アマテラスが放っておくはずがありません。ニギハヤヒの天降りは完全に阻止されたことでしょう。
おそらく、ニギハヤヒは地上ですでに名を知られていたのでしょう。ナガスネビコは、ヤマトの国を「我が国」と呼び、自分の君主がニギハヤヒだと言っています。ヤマトの国の支配者がニギハヤヒだと考えていいでしょう。神武天皇の言葉によれば、ヤマトの国は我が国の中心の地
小-日本書紀-1-p195だということです。そこを支配している者ならば、その名が知られていても不思議ではありません。
- ナガスネビコ:ヤマト入りを目指す神武天皇と二度戦う。神武天皇の兄の命を奪った強敵。
ヤマトの国の支配者
しかし、ヤマトの国の支配者がニギハヤヒだ、と言い切るにはまだ疑問が残ります。
神武天皇の進撃を知ったナガスネビコはそれを迎え撃つのですが、そこにニギハヤヒはいっさい登場しないのです。自分の国を手に入れようと攻めてくる相手に、まったく立ち向かおうとはしていないのです。神武天皇も、その周辺で戦いを繰り広げるものの、ニギハヤヒと戦おうとはしません。
ニギハヤヒは形だけの君主で、神武天皇もそれを知っていた、ということなのかもしれません。ヤマトの国の真の支配者はナガスネビコだったということになりそうです。
しかし、前に述べたような危険な天降りをしてまでやって来たニギハヤヒが、そんな立場で満足するでしょうか。事実、ニギハヤヒはナガスネビコを殺してしまいます。神武天皇が大きな犠牲をはらいながらも容易には倒すことのできなかった強敵をです。ニギハヤヒはナガスネビコの妹を妻としていました。ナガスネビコは油断していたのかもしれません。しかし、それすらもニギハヤヒの計画のうちだったとも考えられます。
ナガスネビコにかわってヤマトの国の支配者になることは、ニギハヤヒにとってはたやすいことだったのです。なぜ、すぐにそうしなかったのかはわかりません。ただ、ここでそうしたのは、神武天皇との出会いがきっかけとなったのは間違いなさそうです。
人の世の始まり
ナガスネビコを殺したからといって、すぐに本当の支配者になれるわけではありません。もとからナガスネビコに仕えていた家臣たちの反発もあるでしょうし、もしかすると命を狙われるかもしれません。しかしニギハヤヒは、そんな彼らと共に神武天皇に仕えることになったのです。ニギハヤヒには、彼らをまとめ上げるだけの武力や魅力があったのでしょう。
ニギハヤヒがナガスネビコを殺した理由は、性質はねじけ曲っており、神と人との区別を教えても到底理解しそうもない
小-日本書紀-1-p227からだと書かれています。権力の掌握や政治的な対立などは一切からんでいないのです。つまり、ニギハヤヒが神武天皇の臣下になったのは、神武天皇がナガスネビコにはない人徳を備えていたからといっていいでしょう。それは、自分以上の武力や魅力が神武天皇にあることを認めたということにもなります。
神代から続く物語の中で、支配者たちは様々な力を手に入れてきました。天・地・海の神々の血をひき、火や水にも負けない能力を身につけたのです。そして、神武天皇には、それらに加えて優れた人徳も備わっていたのだということを、この物語は表しているのかもしれません。神々の時代が終わったあとの、人の世の始まりにふさわしいものだといえるでしょう。
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